2012年04月27日

「職業に貴賎なし」。東條英機とフランクリン・ルーズベルト

きんもくせい
第一二〇号 国際民族文化研究所
二〇一二年四月三十日発行    

 「職業に貴賎なし」
     社会・経済を変える意識改革                                           
 
 人の世は不思議である。昭和二十年代の終り頃つまり戦後九年後
中学校を卒業したが卒業生は四百五十名いたが高校に進学できる余
裕のある者は五十名程度で殆どは就職した。私たちの世代は戦争直
前に生まれたため人数も多く、また中学卒業時は戦地から戻って来
た旧日本軍の兵士で溢れていた。その上会社など僅かしかなく日本
経済といっても実態はまだ日本には経済活動ができる素地がなかっ
た。三井、三菱等の財閥系の企業はほんの一部残っていたがソニー
やパナソニックといった優秀な企業が出現する前の時代であった。
 私が今でも不思議に思うのはそんな時代であっても失業とか飢餓
とか飢え死にといった暗い言葉は聞かれず人々は何とか生きていた
。人口ばかり多く働き口がないのになぜ失業や餓死がなかったのか。
 
 私は太平洋戦争の前年の昭和十五年に東京で生まれたが空襲で信
州の山間地に逃れた。そこで十年以上を過ごしたがもし東京に残っ
ていれば焼夷弾で殺されるか生き残ったとしても餓死していたに違
いない。私の四歳頃の最初の記憶が日本橋一帯が焼け野原となり数
万人の人々が放心状態で座り込んでいた光景と上野駅やその周辺で
親を失った数万人の孤児が腹を空かせて死ぬのを待っていた状態で
ある。母に連れられ握り飯を配って歩いた記憶はあるが、東京大空
襲で十万人の死者が出たそうであるが私の想像ではそれ以外に同数
以上の餓死者が出たに違いないと思う。
 私の家は複雑で説明は省くが父の会社は倒産し母は離婚して私を
連れて信州に逃れたが信州の水が合わず三千メートルクラスの山々
を仰ぎながら十数年間早く東京に戻りたいと家の複雑な事情や食糧
難に悩まされながら暗い毎日を送ったものである。
 アメリカの援助で脱脂粉乳とコッペパンの給食が始まったお陰で
なんとか生きていけるようになったとはいうものの誰もが貧しく高
校に進学出来たものは極く僅かで私たちは既に七十歳を超えている
が誰もがこのような過去には口を閉ざしている。煎じつめれば高校
にも行けず十六歳の頃から汗水流して生きてきたのに社会がすっか
り変わってしまい道理も通らず道徳も廃れた社会に文句を言う気力
をなくしてしまったのであろうか。

  はっきり言うと私たちの世代は戦争犠牲者である。戦争をしな
ければ或いは戦争に負けなければ私たちは生きる苦しみを味わうこ
となく優雅な一生を過ごせたのである。だが私たちの親や先輩は戦
争を起こした。そして負けたのである。そのとばっちりを私たちは
モロに受けたのである。その上日本は悪いことをしたと謝罪外交に
終始させられている。
 だが、誰が親や先輩を責められようか。彼らは日本を守るため銃
を持って戦い尊い多くの命を亡くしたのである。私はひどい人生を
強いられた真の原因を調べ歴史推理小説として本紙に連載している
が絞首刑で処刑され遺骨を太平洋に捨てられた開戦時の東條英機首
相は最後まで自衛のための戦争であったことを主張している。日本
の若い女性の憧れのナイチンゲールが活躍したクリミア戦争から
のロシアの動きを警戒した島津斉彬や西郷隆盛以来日本は自衛をせ
ざるを得ない国際情勢の下に置かれていたのである。詳細は続編の
第三話「征韓論」で研究したいと思っている。

 話はだいぶ逸れてしまったが終戦後の人口ばかり多く働き口のな
い時代なのになぜ失業とか餓死という現象がなかったのか。当時の
私たちは中学や高校に入ると盛んに知能テストを受けさせられた。
お金がないのに無理して高校や大学に行っても就職はない。それな
ら東京に出て丁稚奉公をして手に職を付けた方がよいと親も学校の
先生も考えたのである。実際東大や一ツ橋大学を出ても二年浪人し
て入学したものは卒業時企業の入社試験を受けられなかったもので
ある。ましてや私立大学を出ても就職先は無い状態であった。当時
のような経済状況では特別優秀な者はそれなりの職にありつけたが
大多数は食べるのに精一杯な働き口しかなかった。

 ここで重要なことは「特別優秀な者」とはどういう者を指すのか
である。戦前でも「末は博士か大臣か」と博士になったり大臣にな
ったりするのが出世と考えられたが戦後でも頭の良いものは官僚に
なったり政治家になった。しかし人間の才能や適性は人によって異
なるし、また才能が開花する時期も早かったり遅かったりする。学
校を出ようが出まいが、また政治家や官僚や実業家であろうが丁稚
あがりであろうがその人の適性に合えばその人は幸せな人生を歩む
ことが出来る。見栄や自己満足のため無理して大学や一流企業に就
職しても競争についていけず脱落するのが落ちである。この辺の道
理は終戦直後の親や私たちはある程度分かっていた。確かに官僚や
政治家は偉いが職人である自分たちだって一生懸命生きているとい
う自尊心があった。そして見栄や自己満足が蔓延る余地が無かった
ため失業や餓死は無かったのである。

 日本の経済は目覚ましい発展を遂げそして墜落した。おまけに自
然災害も活動期に入ってきた。一見暗い時代になったように思える
が過保護で生かされ見栄や自己満足を実現させた人々が次々と脱落
していく様を目の当たりにしている。政治家、官僚、実業家、芸能
人、文化人と分野を問わない。それは終戦直後の謙虚な生き方を忘
れた結果である。社会や経済が悪くなったといっても終戦時と比べ
ると月とスッポンの差がありもう見栄や自己満足に惑わされること
なく人間として道理に合った生き方をすれば現在の社会不安や経済
の不調を乗り越えることはさして難しいことではないと思えるので
ある。



**国際民族文化研究所**

目的:歴史を研究することによって現在や未来を検証する個人研究所
主宰:三枝篤夫
住所:埼玉県狭山市
メール:saegusa46@hotmail.com
実績:本名で過去数冊の出版実績あり
   研究所機関紙「きんもくせい」(本紙)をメルマガ等で配信
その他:メルマガ、ブログで受信の方は機能上新聞の形でなくベタ打
   ちになりますのでご容赦ください
 

**悪戦苦闘の株取引**
 先日朝テレビを見ていたらテレビ朝日の解説番組が非常に参考にな
った。
 内容はオーストラリアがどうやって財政を立て直し景気を良くしたか
というもので、結論は首相、財務相を含む5人程度の委員会を作り各省
の予算枠を決め官僚に工夫させるというもので当時の首相は一人優れた
人物がいれば出来ることで、若干トップダウンという点が気になったが
日本でも出来る内容であった。戦後誰が首相をやっても駄目なのでこの
際小沢氏に頼むか。
 毎週この番組は非常に役だって感謝している。 





  歴史推理小説 その時思った    


 (本短編集は真の歴史研究を目的とし英雄たちが決断をするとき何を
思ったか推測により記述したもので、歴史上の事実関係には極力忠実に
従いましたが、主人公が思ったことや周囲との会話は推測でありその意
味で歴史推理小説として位置付けました。三枝篤夫著)            


  第ニ話 東條英機とフランクリン・ルーズベルト

 ほとんどの日本人とアメリカ人は戦争をしたくなかった。昭和天皇と
東條英機首相は全力を尽くし日米和平を目指し戦争を避けようとした。
ルーズベルトも国民の九割が戦争に反対であり、彼自信も障害者として
苦難の道を歩んだ経験から弱い立場の若者を戦場に送ることは忍びなか
った。しかし、なぜ日米は戦うことになってしまったのか。
 

  その十七 ハル・ノートに見る日米文化の違い

 十一月二十七日野村大使から東郷外務大臣を通じハル・ノートを受け
取った東條英機首相は原文と日本大使館が作った訳文および外務省の訳
文およびコメントを真剣に読んだ。そして思った「原文と大使館や外務
省の訳文には間違いは無いにしても解釈の相違が生じてしまう。端的に
言えば日本側の訳文は最後通牒だ。しかし原文は乙案では太平洋の安定
が得られないので日米間の溝を埋めるため更なる協議が必要であること
が強調されている。日本側の訳文を見るとどうしても日本の満州を含む
中国からの撤退、蒋介石政府だけの承認、日独伊三国同盟の破棄が強調
されているように読める。しかもそれらを即時に実行に移すべきとする
ように読める。原文ではこれらの行動は最終目的であり取り敢えずは日
米間の更なる協議を続けることを最重要としている。しかも、満州が中
国に含まれるか否か触れていないし、三国同盟についても触れていない。
私はこの四月に岩畔大佐が纏めた日米了解案の経緯も知っておりその時
のアメリカの方針は日本が中国から撤退すれば満州国を認めるという雰
囲気であった。また今回もルーズベルトは乙案を飲む暫定協定案を議会
に報告している。一晩で暫定協定案の精神である日米協議の継続という
方針が変わるとは思えない。そもそもこのいわゆるハル・ノートは議会
の承認を得ていない私的文書の類の可能性もある。
 私はスイスやドイツで大使館の駐在武官を務めた経験から国によって
交渉のやり方が異なることを学んだ。アメリカはまず自分の希望を相手
の都合を斟酌することなく相手にぶつけ譲歩を引き出すのが常套手段だ。
日本はというと相手の顔を見ながら相手を傷つけることなく円満に纏め
ようとする。日米了解案以後の日米交渉は日本のペースで進められた。
日本がアメリカの顔を見ながらそしてアメリカの腹を探りながら事を進
めてきた。アメリカとしては本当は日本の中国や満州からの撤退を望ん
でいたがそれを全面に出すと日本を怒らせるし交渉も焦る必要がないこ
とから日本のペースに乗っていた。しかし日本が南部仏印に進出しアジ
アでの南進の素振りを見せると日本への牽制として日本への石油の禁輸
を実施した。しかし、日本の乙案で日本の南部仏印進出以前の状態に戻
ることを認める暫定協定案を作ったが蒋介石や同盟国の強い反発を受け
、もう日本のペースでなくアメリカの交渉のやり方を前面に出しハル・
ノートとなって日本側に提示された。従ってアメリカの日米交渉を続け
るという方針は何ら変わっていない。
 アメリカは国民や議会が戦争に反対しており軍備のための法案は成立
しない。ルーズベルトだって戦争をしない約束で大統領に選ばれた。第
一彼は大恐慌を乗り切るため戦争どころではない。戦争になればフイリ
ピンやハワイを守り切れないどころか本土の西海岸も危ない。その上自
動的にドイツやイタリアを敵に回すことになる。いかに中国やイギリス
が大切でもこのような大きな犠牲を払ってまで戦争に踏み切る道理はな
い。

 私は陸軍や外務省のあらゆる情報に接する立場にありハル・ノートと
暫定協定案の心は同じであることは理解できるが日本の統帥部や内閣の
閣僚そしてマスコミや国民はそこまでは理解できまい。日本としては譲
歩に譲歩を重ねアメリカと交渉してきたのに満州を含む中国から即時撤
退せよ、蒋介石政府のみ認めて日本が支持する南京の汪政府は認めない
、三国同盟は破棄せよと言われれば如何に前文で日米の更なる交渉が必
要と言われてもこれは最後通牒と見てしまうだろう。従来の交渉の経緯
を無視するような態度で自分の希望を相手の立場を考えることなくぶつ
けるような交渉の仕方には日本人は慣れていない。要するに日本とアメ
リカの文化の違いをお互いに理解せず自分本意の流儀で交渉すると結果
的にこのようなことになってしまう。冷静に文化の違いが分かるものが
いればよいが日本政府や統帥部さらには国民にも殆どいまい。
 野村、来栖両大使はハルに対しこのような文書は日本は受け取れない
と言ったらしいがハルは無表情で、そのあとルーズベルトに抗議したが
撤回する様子は無かったらしい。彼らは我ら日本本国の者たちは理解で
きると考えていたかも知れないがそれは逆で我らを怒らせるだけだ。受
け取ってしまった以上突き返す訳にはいかないがこの代償は途方もなく
大きなものとなろう」。

 東條と東郷外相は参内して昭和天皇に報告するとともに政府・統帥
部連絡会議を緊急に開きハル・ノートを報告した。以下次号




**家庭菜園奮闘記**
 4月末の今週15種類ほどの野菜苗を植え種を撒いた。
 この時期が一年で一番難しく、また重労働である。早すぎると遅霜に
やられるし、遅すぎると苗の入手が困難になる。5月2日の88夜過ぎ
れば大丈夫というがそれでは遅すぎる。第一、畑を耕したり、肥料等を
撒くには5月になると暑過ぎてくたびれてしまう。本当は4月中旬がい
いのだが早過ぎる。
 一段落してほっとしている毎日である。

 
Hideki Tojo, and Franklin Roosevelt (tentative translation)
   Chapter 3 Development of the Marco Polo Bridge Incident
One of the aids asked President “ Mister President, I can
understand American position which we can not intervene the
European war. However I am very keen to know the contents of
Mougensou draft of US Japan Peace Treaty, to which I wonder
why such kind of treaty is necessary when we have not big
problems between the US and Japan.” Roosevelt explained the
contents of Mougensou draft. “The countries which has
relationships with Asia and Pacific area like the US, Japan
, Australia, China, Thailand, UK, and Netherlands conclude a
nonaggression treaty and these countries share their chances
of contacts with these areas equally in order to keep peace of
Pacific area and stability of Asia, which is real intention
of the United States.
posted by daichi at 14:05| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月30日

「天は落ちる」か。東條英機とフランクリン・ルーズベルト

きんもくせい
第一一九号 国際民族文化研究所

二〇一二年四月五日発行
 
  「天は落ちる」か
       暗い世相の行く着く先                                           
 鎌倉時代、頼朝の妻北条政子は三代で源氏が途絶えると北条家
が絶大な権限を握る政権を作った。これを妬んだ朝廷は北条家を
滅ぼそうとしたが逆に政子に負けてしまい天皇の首はすげ替えら
れ、上皇二人は島流しにされてしまった。
 天皇家は大和朝廷以前から続く日本の存在そのものであり、頼
朝が政権を取り鎌倉幕府を開いたといっても頼朝は朝廷の臣下で
あることには変わりなかった。日本の歴史上天皇に立ち向かった
者などいなかったが政子は平然と朝廷を処罰したのである。この
時日本全国の人々は朝廷を処罰したら天が落ち日本国はこれでお
終いだと嘆き悲しんだという。
 しかし、結果は天が落ちるどころか貴族政治に代わり立派な武
士政治が始まり、御成敗式目を作り武士の行動様式等江戸時代に
まで残る精神的支柱を作り、現実に政子の子孫の時宗は蒙古の襲
来も撥ね退けるという快挙を遂げたのである。もしあの時朝廷に
よる貴族政治が続いていたら日本は蒙古のフビライの言うとおり
に従い今頃日本は中国の一部になっていたに違いない。時宗は最
初から蒙古の使者を切るなど蒙古には一切従わないどころか逆に
蒙古に攻め入る「異国征伐令」を企画した。いわゆる神風が吹い
て蒙古軍は全滅したが時宗の決断が無ければ日本は蒙古の一部に
なっていた。時宗は蒙古の弱点を研究し鎌倉武士であれば蒙古に
は負けないと計算したことは間違いなく、朝廷や宗教界や多くの
人々は蒙古にかなう筈はないから蒙古に従属するよう意見具申し
たが政子の血を引いている時宗はそのような弱者の意見は採用せ
ず自分の情報と計算を信じたのである。今思うと政子が承久の乱
で「天が落ちる」改革をしてくれていたお陰で日本は中国の大和
省のようなものにならなくて済んだのかも知れない。

 三十年程前になるがアメリカでは大統領選挙が大詰めの状態で
来月には新しい大統領が決まるというのに人々の関心は選挙どこ
ろではなかった。地球に匹敵するような大きな星が地球に向かっ
ており衝突することは間違いないというのである。幸い何事も起
こらず済んだが宇宙では星同士の衝突はよくあることだという。
もし地球より大きな星が地球と衝突したら確かに「天は落ちる」
。しかし科学が進歩して衝突が避けられるようになるかも知れな
いし、あるいは他の星に移住できるようになるかも知れないが幸
か不幸か私たちは宇宙のことは殆ど知らない。知らなくて何事も
起きなければそれで良いと考えてしまうのである。

 今、多くの日本人は近く「天が落ちる」思いで生活している。
歴史とは不思議なもので三十年程前は一億総中流意識と言われ日
本人は景気のよい生活をしていた。しかし現在は殆どの人々が不
安の中にいる。歴史は繰り返すと言われているが、今世間が悪い
状態であれば明日は良くなる可能性は十分ある。「天が落ちる」
などと悲劇的にならず悪ければ良くなるしかなく、良ければ悪く
なるしかないと楽観的に考えれば何ということもない。歴史の上
では世の中を良くするも悪くするもその時のリーダーによったの
であるが、現在のようにネット社会になると社会を良くするも悪
くするも一部のエリートでなく庶民の声であることを頭のなかに
叩き込んでおく必要がある。思いつくまま今日本の社会が抱えて
いる問題と庶民の声の繋がりを考えてみた。
 
 拉致問題に象徴される国家の安全保障は日本がアメリカの属国
の状態で外国で見ていると日本は独立国の体をなしていない。中
国や北朝鮮から軽く見られるのは当然である。本誌で何回も述べ
ているが自衛隊にかけるお金があったら憲法に一行付け加え「日
本は危機の際にはミサイル先制攻撃が出来る」としミサイル防衛
に徹しアメリカとは対等な軍事同盟を結べばよいのである。もう
アメリカ頼みはほどほどにした方がよいし、迎撃ミサイルは頼り
にならないと思う。
 年金、医療の問題は外国の例を見るとかつてはイギリスでは医
療は外国人に対しても無料であったし、現在はインドでは無料で
ある。年金の額はそう大きく変わらないといっても日本の生活費
は私の経験でもアメリカやオーストラリアの三倍であることから
実質的にはこれらの国の年金は日本の三倍近いかも知れない。特
別会計を入れれば国家予算は二百兆円もあるし、他に地方財政も
あるから工夫次第では予算は半分で済み国債は十年で返せる。
 国債が千兆円を越え禿鷹ファンドが狙っているという。ギリシ
ャどころか大変な問題で間違いなく日本は滅ぶ。滅ぶ前に銀行や
お金ちに国債をチャラにしてもらってはどうか。銀行は政府に助
けてもらった借りがあり自発的行動となれば国際的な信用は落ち
ない。インフレ政策では弱者に副作用が多すぎる。
 地震、津波、原子力発電所の問題は政治家や役人では弱い。私
立大学を含め大学や研究所は多額な政府援助をもらっているのに
肝心な時役に立たないとは何事か。そもそも研究者や大学教授は
何をしてきたかと問いただしたい。といっても医学で癌等難病の
治療が難しいと同じで彼らの一部は真剣に研究しているのであろ
うが現在の段階では未解明の部分が多いのであろう。それは想像
できるが学会はおとなし過ぎるとの印象は否めない。
 経済の復興には外国人も含めた腕利きの経済人を抜擢し規制を
緩和し競争原理を正しく活用すれば効果が出よう。

 以上考えるに国家には十分お金はある。しかし使い方が間違っ
ている。そして日本の庶民はおとなしく何も言わない。煎じつめ
れば国家体制に庶民感覚を入れれば解決できる。科学や医学で未
解決の分野は多いがそれでも人知で対策は立てられる。 要する
に、現在の日本は庶民がおとなし過ぎることが世相を悪くしてい
る。天が落ちることは決してない。




**国際民族文化研究所**

目的:歴史を研究することによって現在や未来を検証する個人研究所
主宰:三枝篤夫
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   になりますのでご容赦ください
 

**悪戦苦闘の株取引**
 株価は最近若干回復したかのように見えたがこの動きには大して期待
できない気がする。過去、株価が上がる時は勢いがあったが何か勢いが
感じられない。それもその筈である。景気が悪いのに増税や電気料金値
上げ、それに伴う物価の上昇が待っているからである。
 世界の歴史で消費税を上げて景気が回復した例はない。消費税はその
場しのぎの気休めに過ぎず、本当に必要なのは景気回復であり、英知を
働かせば景気は動くものであり、それが出来るのは人材抜擢による思い
切ったアイデアの実行であると思う。 




  歴史推理小説 その時思った    

(本短編集は真の歴史研究を目的とし英雄たちが決断をするとき何を思っ
たか推測により記述したもので、歴史上の事実関係には極力忠実に従いま
したが、主人公が思ったことや周囲との会話は推測でありその意味で歴史
推理小説として位置付けました。三枝篤夫著)             


 第ニ話 東條英機とフランクリン・ルーズベルト

ほとんどの日本人とアメリカ人は戦争をしたくなかった。昭和天皇と東條
英機首相は全力を尽くし日米和平を目指し戦争を避けようとした。ルーズ
ベルトも国民の九割が戦争に反対であり、彼自信も障害者として苦難の道
を歩んだ経験から弱い立場の若者を戦場に送ることは忍びなかった。しか
し、なぜ日米は戦うことになってしまったのか。


 その十七 ハル・ノートに見る日米文化の違い

 十一月二十四日夜遅く国務省に戻ったハルは国務省の幹部を集め日本の
乙案を受け入れる暫定協定案は蒋介石はじめ友好国の反対に会い結果的に
ルーズベルトとの話し合いの結果モーゲンソー案に丁寧な説明を付けて提
出することになった旨説明し、説明文の内容について意見を求めた。
 モーゲンソー財務長官案は実際にはホワイトという彼の特別補佐官が作
成したと言われており、ホワイトはソ連のスパイで日米が戦争をすること
を目的にモーゲンソー案を作ったという意見が多いが、その内容は太平洋
の安定を願い、満州をアメリカが認める代わりに日本は中国から撤退し、
汪政府でなく蒋介石政府を中国政府として認めることを述べた現実的な案
であった。また、ルーズベルトはスターリンとも仲が良くスパイを雇って
いるという意識はなかった。

 ハルは国務省のあらゆる立場の者の意見を聞き自らタイプライターを叩
き案文を作成し二十五日夜遅くルーズベルトに提出した。
 その内容は、まず絶対極秘の口述部分すなわち説明文において、日米両国
はこの数カ月太平洋の平和と安定のため真剣に話し合い一定の成果は得ら
れた。しかし十一月二十日に日本から提案のあった乙案では太平洋の安定
という目的が達成されるとは考えられずアメリカとしては日米間の溝を埋
めるための更なる協議が必要と考えるとした上で、絶対極秘、暫定的、お
互いに縛られるものではないとして、第一部としていわゆるハル四原則、
つまり領土保全、内政不干渉、機会平等そして貿易の差別の撤廃、資源の
自由化等経済関係の改善を日米は宣言し、第二部ではそれを実現させる手
段としてモーゲンソー案を盛り込んだ。つまり十項から成るもので、第一
項では日米は英、中、オランダ、ソ連、タイと不可侵条約を結ぶよう努力
する、第三項で日本軍および警察は中国、仏印から撤退する、第四項では
日米は重慶の蒋介石以外の政府を支持しない、第六項では日米は経済上の
最恵国待遇を結ぶ交渉を始める、第七項では日米ともに経済上の凍結を解
除する、第八項では資金を日米折半して円・ドルレートを決める、第九項
ではこの協定の目的に反するような誤解を与える条約を第三国と結ばない
とするものである。
 アメリカとしては、第三項の日本の中国からの撤退について二日前まで
はモーゲンソー案のとおり括弧書きで「満州を除く」つまり満州国を認め
る文言をそのまま残す方針であったが前述のとおりルーズベルトは蒋介石
の反対を考慮し敢えて削ったのであった。アメリカは国連のリットン調査
団の報告のとおり満州は国際管理の下に置くことが妥当と考えていたが日
米交渉が始まった段階では日本が中国から撤退するならば満州国を認める
方針であった。リットン報告書でも例え国際管理の下でも歴史的にみた日
本の満州における利権は大きいとしていた。
第四項の蒋介石政府のみ認めるとの文言もこの提案が交渉の案文でありま
た蒋介石に対する友好国の証でもあった。第九項では日独伊三国同盟に反
対するとは言っていない。

 読者の理解を深めるためこのいわゆるハル・ノートを別添するが、平和
でかつ日米関係が良好な現在この文章を読むと何と丁寧で原則を押しつけ
る訳でもなく交渉の叩き台として提案し、具体的に満州にも三国同盟にも
触れないことはアメリカの最大限の配慮であるとも取れるほどであるが状
況が異なれば違った解釈にもなろう。

 ハルは二十五日夜、寝不足の目をしょぼつかせながらルーズベルトに案
文を提出した。ルーズベルトは一読するなり言った「あなたは既に七十歳
を越えているのによくこれだけの案文を一日で纏めたものだ」と喜び日本
側に提出することになった。さすがにアメリカ史上最高の国務長官と言わ
れ、戦後ノーベル平和賞を受けるだけあって冷静に読めば極めて丁寧で立
派な文章であるが、ハル自身は「歴史がありプライドが高く、強い日本が
そう簡単に受け入れるだろうか」との不安は常に付きまとっておりルーズ
ベルトにその不安を述べたが、ルーズベルトは「確かに賭けかも知れない
が、最後の手段がもう一つある。それは来栖大使からの申し出の天皇への
親電だ」と述べた。
 陸軍の強硬派から陸軍としては大して重要ではない動きとしていたが日
本軍の船団が終結しつつあるとの情報もあり知日派で親日的なハルの心配
をよそにハル・ノートは二十六日野村および来栖大使に手交された。
 
 ハルの予感は的中した。原則論を突きつけられた日本政府はこの提案を
最後通牒と受け取り結果的に真珠湾へと向かうことになった。以下次号 



**家庭菜園奮闘記**
 昨日、つまり3月末ジャガイモと里芋の植え付けをした。このところ多
忙で昨年の野菜が未だ残っており畑の掃除もしていないのに植え付けをし
た。普通であれば3月中旬にするのであるが今年は寒くこの時期になった
のである。
 いよいよ春野菜の季節になったかと思うと楽しいが同時に体力が大丈夫
か心配になってくる。要領をある程度会得したのであと数年は何とかなる
と思っているが。



  Hideki Tojo, and Franklin Roosevelt (tentative translation)

Few days ago, Mr. Morgenthau, Secretary of Treasury, showed me a draft
of the US Japan peace plan, which actually drafted by his assistant.
This draft was very well written reflecting American genuine purposes
and means to keep peace in China and Pacific area. However I thought
under the present atmosphere Japan doesn’t accept it but in future
there might be some chances to show it to Japan, so I just kept it
on file.



      ハル・ノート全文

United States Note to Japan November 26, 1941
________________________________________
(Dept. of State Bulletin, Vol. V, No. 129, Dec. 13, 1941)
The text of the document handed by the Secretary of State to the Japanese
Ambassador on November 26, 1941, which consists of two parts, one an oral
statement and one an outline of a proposed basis for agreement between the
United States and Japan, reads as follows:
   
   Oral
Strictly confidential
November 26, 1941
 The representatives of the Government of the United States and of the
Government of Japan have been carrying on during the past several months
informal and exploratory conversations for the purpose of arriving at a
settlement if possible of questions relating to the entire Pacific area
based upon the principles of peace, law and order and fair dealing among
nations. These principles include the principle of inviolability of
territorial integrity and sovereignty of each and all nations; the
principle of non-interference in the internal affairs of other countries;
the principle of equality, including equality of commercial opportunity
and treatment; and the principle of reliance upon international cooperation
and conciliation for the prevention and pacific settlement of controversies
and for improvement of international conditions by peaceful methods and
processes.
It is believed that in our discussions some progress has been made in
reference to the general principles which constitute the basis of a
peaceful settlement covering the entire Pacific area. Recently the
Japanese Ambassador has stated that the Japanese Government is desirous
of continuing the conversations directed toward a comprehensive and
peaceful settlement of the Pacific area; that it would be helpful
toward creating an atmosphere favorable to the successful outcome
of the conversations if a temporary modus vivendi could be agreed
upon to be in effect while the conversations looking to peaceful
settlement in the Pacific were continuing. On November 20 the Japanese
Ambassador communicated to the Secretary of State proposals in regard
to temporary measure to be taken respectively by the Government of Japan
and by the Government of the United States, which measures are understood
to have been designed to accomplish the purposes above indicated.
The Government of the United States most earnestly desires to contribute to
the promotion and maintenance of peace and stability in the Pacific area,
and to afford every opportunity for the continuance of discussion with the
Japanese Government directed toward working out a broad-gauge program of
peace throughout the Pacific area. The proposals which were presented by
the Japanese Ambassador on November 20 contain some features which, in
the opinion of this Government, conflict with the fundamental principles
which form a part of the general settlement under consideration and to
which each Government has declared that it is committed. The Government
of the United States believes that the adoption of such proposals would
not be likely to contribute to the ultimate objectives of ensuring peace
under law, order and justice in the Pacific area, and it suggests that
further effort be made to resolve our divergences of view in regard to
the practical application of the fundamental principles already mentioned.
With this object in view the Government of the United States offers for
the consideration of the Japanese Government a plan of a broad but simple
settlement covering the entire Pacific area as one practical exemplification
of a program which this Government envisages as something to be worked out
during our further conversations.
The plan therein suggested represents an effort to bridge the gap between
our draft of June 21, 1941 and the Japanese draft of September 25 by making
a new approach to the essential problems underlying a comprehensive Pacific
settlement. This plan contains provisions dealing with the practical
application of the fundamental principles which we have agreed in our
conversations constitute the only sound basis for worthwhile international
relations. We hope that in this way progress toward reaching a meeting of
minds between our two Governments may be expedited.


  Strictly confidential, tentative and without commitment
  November 26, 1941.
 
 Outline of Proposed Basis for Agreement Between the United States and Japan

Section I

  Draft Mutual Declaration of Policy

 The Government of the United States and the Government of Japan both
being solicitous for the peace of the Pacific affirm that their national
policies are directed toward lasting and extensive peace throughout the
Pacific area, that they have no territorial designs in that area, that
they have no intention of threatening other countries or of using military
force aggressively against any neighboring nation, and that, accordingly,
in their national policies they will actively support and give practical
application to the following fundamental principles upon which their
relations with each other and with all other governments are based:
1. The principle of inviolability of territorial integrity and
  sovereignty of each and all nations.
2. The principle of non-interference in the internal affairs of
  other countries.
3. The principle of equality, including equality of commercial
  opportunity and treatment.
4. The principle of reliance upon international cooperation and
  conciliation for the prevention and pacific settlement of controversies
and for improvement of international conditions by peaceful methods and
processes.
The Government of Japan and the Government of the United States have agreed
that toward eliminating chronic political instability, preventing recurren
t economic collapse, and providing a basis for peace, they will actively
support and practically apply the following principles in their economic
relations with each other and with other nations and peoples:
1. The principle of non-discrimination in international commercial
  relations.
2. The principle of international economic cooperation and abolition
  of extreme nationalism as expressed in excessive trade restrictions.
3. The principle of non-discriminatory access by all nations to raw
  material supplies.
4. The principle of full protection of the interests of consuming
  countries and populations as regards the operation of international
commodity agreements.
5. The principle of establishment of such institutions and arrangements
  of international finance as may lend aid to the essential enterprises and
the continuous development of all countries and may permit payments through
processes of trade consonant with the welfare of all countries.


Section II

  Steps To Be Taken by the Government of the United States and by the
Government of Japan
The Government of the United States and the Government of Japan propose
to take steps as follows:
1. The Government of the United States and the Government of Japan
  will endeavor to conclude a multilateral non-aggression pact among the
British Empire, China, Japan, the Netherlands, the Soviet Union, Thailand
and the United States.
2. Both Governments will endeavor to conclude among the American,
  British, Chinese, Japanese, the Netherland and Thai Governments would
pledge itself to respect the territorial integrity of French Indochina
and, in the event that there should develop a threat to the territorial
integrity of Indochina, to enter into immediate consultation with a view
to taking such measures as may be deemed necessary and advisable to meet
the threat in question. Such agreement would provide also that each of
the Governments party to the agreement would not seek or accept preferential
treatment in its trade or economic relations with Indochina and would use
its influence to obtain for each of the signatories equality of treatment
in trade and commerce with French Indochina.
3. The Government of Japan will withdraw all military, naval, air
 and police forces from China and from Indochina.
4. The Government of the United States and the Government of Japan
  will not support - militarily, politically, economically - any government
or regime in China other than the National Government of the Republic of China
with capital temporarily at Chungking.
5. Both Governments will endeavor to obtain the agreement of the
  British and other governments to give up extraterritorial rights in China,
including right in international settlements and in concessions and under the
Boxer Protocol of 1901.
6. The Government of the United States and the Government of Japan
  will enter into negotiations for the conclusion between the United States
and Japan of a trade agreement, based upon reciprocal most favored-nation
treatment and reduction of trade barriers by both countries, including an
undertaking by the United States to bind raw silk on the free list.
7. The Government of the United States and the Government of Japan
 will, respectively, remove the freezing restrictions on Japanese funds in
the United States and on American funds in Japan.
8. Both Governments will agree upon a plan for the stabilization of
 the dollar-yen rate, with the allocation of funds adequate for this purpose,
half to be supplied by Japan and half by the United States.
9. Both Governments will agree that no agreement which either has
  concluded with any third power or powers shall be interpreted by it in
such a way as to conflict with the fundamental purpose of this agreement,
the establishment and preservation of peace throughout the Pacific area.
10. Both Governments will use their influence to cause other
 governments to adhere to and to give practical application to the basic
political and economic principles set forth in this agreement.
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2012年03月02日

世界最大の発見「ゼロ」。東條英機とフランクリン・ルーズベルト

きんもくせい
 第一一八号 国際民族文化研究所
 二〇一二年三月二日発行    


 世界最大の発見「ゼロ」
     インド人にみる「空」の社会                                           
 
 日本を含め世界の人々は政治、経済を含むあらゆる分野で

「有」か「無」で争っている。お金を稼ぐか、失うか、名誉を得る

か、失うか、地位を得るか、失うか、病気を治して生き延びるか

、病気に負けて死ぬか、年を取っても何とか生きているか、年

を取って死ぬか。これらは一つの事象を「有」と「無」に分けた

結果生まれる考え方で言うなれば現実的というか単純な思考

である。壮年期の人には未だ無理かも知れないが人生の終盤

を迎えた人は思考がこのように単純ではない。彼らには「有」と

「無」の他に「空」すなわち「ゼロ」の世界があるのである。
 「空」は「有」でもなく「無」でもなくその人が有する「ゼロ」の世

界である。具体的に一例をあげればある人が事業で成功した

り宝くじを当て大金持ちになり有頂天になって遊びあるき結局

スッカラカンになり無一文になったとする。彼が若く人生経験が

乏しければ大金持ちになった時は「有」すなわちお金が「有る」

と考え無一文なった時は「無」すなわちお金が「無い」と考え絶

望の余り自殺したり悪事に走るのである。殆どのケースでは無

一文になったからもう一度事業をやり直そうという気力は失せ

「有」から「無」になったことに負けるのである。逆にダム建設等

公共事業で国や地方から補償金をもらいにわかに成り金にな
った人つまり「無」から「有」を得た人は往々にして身を崩すと言

われている。
 

 人間は神様ではないのだから仕方ないといえば仕方ないか

も知れないが、人生経験が豊富で人生も終盤に入った人なら

ばお金があるから「有」無くなったから「無」とは考えまい。お金

に対する拘りや執着心が無くなったのではなく人生で起こる様

々な現象を「有」や「無」つまり足し算や引き算で考えるのでは

なく「空」つまり無心の心境に達するのである。ただ、面倒なこ

とにただ年を取ればこの「空」の心境が開けるというものではな

く恵まれて過保護に育ったいわゆる社会のエリートの人たちは

この心境には到達しまい。修羅場をくぐりぬけゴールのない人

生という航海の荒波を乗り切りくぐり抜けた人に与えられる褒美

であろう。

 

 「空」すなわち「ゼロ」は紀元前五世紀頃インドで発見された。

仏教が私たちの存在を含む一切の事実を否定する概念が無常

や空という概念を生み結果的に数学のゼロを生んだと言われて

いるが、難しいことは分からないが私自身四十代の頃過労で体

を壊し精神を鍛えるため禅を始め二、三年雑念を頭の中から追

い払う訓練をしたところ静かな夜の自室ばかりでなく、通勤の電

車の中でも職場でも無心無想の世界に入っていくことが出来る

ようになり物の考え方も違ってきたことがはっきり分かるようにな

ったことを覚えている。多分当時は壮年期で欲が強く物事を損得

、勝ち負けでのみ考える時期であったのであろうが今考えると神

は罰を与えるため私の肉体と精神を弱らせ人生の終盤と同じ状

況を私に与えたと信じている。結局は無心無想の境地になるこ

とが「空」の世界を悟るということがおぼろげながら分かってきた

のである。

 

 それにしてもなぜインド人が「ゼロ」を発見したのか。私の長い

間の疑問であったが六十歳になって三年程インドで生活し若干

ではあるがその理由が漠然と分かりかけてきた。
 当時から私は今次大戦が日本の侵略戦争であるという日本や

世界の歴史学者の認識は間違っており政府の謝罪外交にも大

反対であるとの心境にあるがインドは冷静に日本の立場を理解

していた数少ない国である。終戦後の東京裁判では十一人の判

事のうち五人は何らかの異議があり日本をそのまま悪者にする

ことには反対であったがインドはその急先鋒でハル・ノートのよう

なものを突きつけられればモナコのような小国でも立ち上がると

日本を弁護した。ただ、ハル・ノートは私の見解は最後通牒では

なく日本との和解を望む提案と見ておりこの点については本紙の

歴史推理小説で詳しく経緯を述べることとしたい。また、サンフラン
シスコ平和条約で日本は独立国として世界から承認されたがインド

だけはアメリカという外国の軍隊に守られている日本は独立国の

資格はないとして承認しなかった。日本に敵意を持っているのでは

なく日本の真の独立を望んだのである。その証拠にインドは貧しい

日本の子供たちを憐れみ上野動物園に象を寄贈したのである。
このようなインドの歴史的な日本との係わりを念頭に置いてインド人

に触れてみるとインドやインド人がある意味では偉大な人種に見え

てくるのである。 インドは英国が植民地にするまで数百の王国が

独立していた。現在のインドは人口十億といっても多くの地域は独

立したがっている。北部のカシミール地方は殆どがイスラム教徒で

ありパキスタンに所属するのが妥当と思うが王様がヒンズー教徒

であり、もしパキスタンに譲れば国内のあちこちで独立運動がおこ

る。インドには金持ちから乞食まであらゆる階層が混在している。

カシミールをめぐるパキスタンとの確執を抱え核兵器を含む軍事を

強化している。一方病院は無料といった社会保障は充実している。

一般人が日本人を含む外国人を無償で食べさせるといった社会で

もある。
 要するに数字の計算で動く社会ではなく「ゼロ」すなわち「空」のあ

る社会であることに気付くのである。

 

 今の世界は余りにも「有」と「無」すなわち計算で動き過ぎている。

若い人たちも禅でも瞑想でもよいから無念無想の境地を作るこを試

み世の中は計算では解決できない「ゼロ」すなわち「空」の世界があ

ることを悟って欲しいのである




**国際民族文化研究所**
目的:歴史 目的:歴史を研究することによって現在や未来を検証す

   る個人研究所
主宰:三枝篤夫
住所:埼玉県狭山市
メール:saegusa46@hotmail.com
実績:本名で過去数冊の出版実績あり
   研究所機関紙「きんもくせい」(本紙)をメルマガ等で配信
その他:メルマガ、ブログで受信の方は機能上新聞の形でなくベタ打

   ちになりますのでご容赦ください


**悪戦苦闘の株取引**
 恐ろしい事実をテレビで知ってしまった。1000兆円の日本の国債

は世界最高であるが90%以上日本人や日本の会社が持っているの

で一応安心とされていたが、最近の短期間で見ると日本人や日本の

会社の購入率は40%弱でまた外国人に売られる傾向にあるという

。そうすると何が起こるか。ギリシャどころではなく日本の国家自体

が禿鷹ファンドに支配され、結果的に外国の金融支配を受け、日本

国は沈没することになる。小手先のインフレ政策でなく根本的な国

家財政の運営の見直しを今やらないと大変なこととなる。 







歴史推理小説 その時思った    



 (本短編集は真の歴史研究を目的とし英雄たちが決断をするとき

何を思ったか推測により記述したもので、歴史上の事実関係には極

力忠実に従いましたが、主人公が思ったことや周囲との会話は推
測でありその意味で歴史推理小説として位置付けました。三枝篤夫著)            





 第ニ話 東條英機とフランクリン・ルーズベルト





  ほとんどの日本人とアメリカ人は戦争をしたくなかった。昭和天皇と

東條英機首相は全力を尽くし日米和平を目指し戦争を避けようとした。

ルーズベルトも国民の九割が戦争に反対であり、彼自信も障害者とし

て苦難の道を歩んだ経験から弱い立場の若者を戦場に送ることは忍

びなかった。しかし、なぜ日米は戦うことになってしまったのか。

 



 その十七 ハル・ノートに見る日米文化の違い
 
 

 ルーズベルトはハルを呼び言った「コーデル、今一番大切なことは日

本との戦争を避けることだ。勿論君も十分承知しているがしかし同時に

同盟国との歩調を合わせなくてはうまくいかない。暫定協定案は日本は

歓迎するであろうが蒋介石やチャーチルを始めオランダやオーストラリ

アは露骨な言葉で言えば反対で、その心は何とかしてアメリカの参戦

に持ち込みたいということだ。自分の国が大切なことは当然でアメリカ

が参戦して彼らを守ることを熱望している。この動きは国務省や軍の

強硬派の立場を俄然有利なものとした。


  しかし、我ら政府としてはアメリカが戦争をすることははっきり言って

無理なのだ。第一私は戦争に巻き込まれないことを国民に約束してい

る。毎週行っている炉辺談話でも国民にその旨伝えている
。百歩譲って日本が突然奇襲攻撃を仕掛けてきて戦争になっても少な

くても最初の一、二年は日本には勝てない。三年目以降も勝てる採算

はない。アメリカは日本と違って資源が豊富であるといっても艦船や戦

車、航空機の数も十分でなく、数ばかりでなく艦船や戦車、航空機の

性能は日本に劣る。炉辺談話でこの点について国民の大部分の納得

は得ている積りだが強硬派はアメリカの資源をもってすれば二年もあ

れば日本を越えることが出来るとしており、今回の友好国の暫定協定

案の反対を利用して国民の支持を得つつある。だが、彼らには分かっ

ていないことがある。二年でアメリカは日本を越える戦力が準備できた

としてその間どういう状況になるかということだ。アジア、太平洋、オセ

アニアは日本の支配下になる。そして陸軍が言うように日本軍はロッ

キー山脈を越えてシカゴまで迫る。これは最悪の事態といっても決し

て大げさな推理とは思えない。つまりアメリカの戦争参加は絶対に
駄目だ。

 

 ・・・・・では、どうするか。君たちとは暫定協定案と同時にモーゲンソ

ー財務長官が以前から主張していたモーゲンソー案についても検討

していた経緯がある。この案は中国やソ連も含む多くの国と不可侵条

約を結びアジア、太平洋の平和と内政不干渉、機会平等といった外交

の原則を述べたものでこれはアメリカの本意であり友好国も反対すま

い」。
 ハルが答えた「この案は確かにアメリカの本意ではありますが、日本

に誤解される恐れがあります。まず、日本軍や警察の中国からの撤退

を迫り、そして日独伊三国同盟を批判しているととられる恐れがあり日

本が提出した乙案を否定していると取られる恐れがあります」。
 ルーズベルトが言った「日本の中国からの撤退には「満州を除く」と

いう注釈がついているがこれをそのままにしておくと蒋介石が烈火の

ごとく怒るであろうからこの注釈は削除する。三国同盟については反

対している訳ではなく他国にアジア、太平洋の平和と安全に誤解を与

えるような態度を取らないと言っているに過ぎない」。ハルが言った「日

本に解釈の迷いを与えるような返答は危険です。十二月一日午前零

時までに日米合意が出来ない場合は日本はアメリカと開戦することを

決定しております」。ルーズベルトが言った「では、どうすればよいとい

うのか」。ハルは言葉に詰まった「・・・・・」。

 

 ルーズベルトが言った「暫定協定案もモーゲンソー案もその心は同

じだ。モーゲンソー案は余りにもアメリカの理念をはっきり述べている

ので日本に提示するのはちょっと時期が早いと思ったが。・・・・・どう

だろう、この際アメリカの理念をはっきり日本に提示し日米交渉をやり

直しては」。ハルが言った「今日は二十五日ですから十二月一日まで

には時間がありません」。ルーズベルトが言った「モーゲンソー案をそ

のまま日本に提示したら日本の乙案を否定していると取られる可能性

はあるが、アメリカの本心を十分説明する丁寧な文章を作りその上で

モーゲンソー案を叩き台とする内容とすれば誤解される可能性は少

ないと思う。我々は今まで何とか日本と和平を結ぼうと試みたがうまく
いかなかった。天皇や東條は私に天皇宛て親電を打たせ日中の和解

の労を私に取らせようとしている。これは日本の本心で日本は満州さ

えアメリカが認めれば中国から撤退する覚悟でいる。
 アメリカもこの際本心を示す時期に来ていると思う。どうだ、コーデル

、このラインで文章を作ってみてくれないか。そしてホプキンス、ウォー

カーたちの意見も聞いてくれないか。そして明日二十六日議会に報告

しようと思う。国民にも炉辺談話を通じて事情を説明する積りだ」。ハル

が答えた「丁寧な説明文でアメリカの本心を語りモーゲンソー案を今

後の交渉の叩き台として提示することは名案ではありますが・・・・・・・

分かりました。作成してみます」。以下次号


**家庭菜園奮闘記**
 今年は厳寒のため葉物を中心に冬野菜が枯れてしまった。ネギやか

き菜、ホウレンソウ等は何とか寒さを乗り越えたが多くの野菜は春菜の

花を付けるまでもたなかた。
 3月は馬鈴薯の植え付けをする時期であるがこのように寒い気候が続

くと躊躇してしまう。春キャベツも寒さで何となく元気がない。
 今年はどのような気候になるのか心配の種は尽きないが、気候には逆

らえない現実は否定できない。


 Hideki Tojo, and Franklin Roosevelt (tentative translation)

 Even though he was elected President, his New Deal economic policy

which is planed as a main policy to overcome the Great Depression

has not been effective. Besides he continued to declare
not send American youth to battle fields overseas. He always kept

close contacts with Cordell Hull, Secretary of States, and other aids.

He said to them that it is impossible to intervene to the conflicts in

Europe since 90 % of American people are against it. Also I promised to
people that America doesn’t join the war in Europe. On the other hands

we are helping militarily Chiang Kai-Shek to protect American right and

interest in China. However, what we can do is no more than that, and it

is impossible to intervene to the war between Japan and China. Peaceful
condition in China is very important, but at the same time peace is very

necessary in Pacific
area since the United States has territory like Hawaii, Guam and the

Philippines.

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